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2つのシリーズのオマージュ

 かつて、集英社刊行のコバルトシリーズ文庫で”富島健夫さんのジュニア小説”を片っ端から熟読し、また日本TV界サスペンスドラマの金字塔を打ち立てた”火曜サスペンス”で真犯人探しに明け暮れた青春時代を捧げた?筆者。
 その膨大な作品群で描かれた人間の、ある時は未熟な少年少女のゆれる想いに心ときめかせ、また人間達のしがらみや欲望にゆらぐ心に胸熱くした想いを、オマージュとして書いた小説を公開しようと考えました。

2015年3月12日木曜日

1、始動

 鳴瀬界矢 (カイヤ)は、念願の峠に遂にやって来た。
地元工業高校の卒業証書を待たずして、一種免を得って公道を走ることができるようになった彼は、待ちきれずにこの聖地へやってきたのである。
 この日のために用意した憧れのAE86トレノを可能な限り調整して、今持ちうる財産を全て注ぎ込んで峠仕様に仕上げた愛車であった。
 彼は、流行らない峠ブームに今虜になっている車オタクの一人に過ぎない、
けれど他と違うのは、その峠での類い希なゼロ・ポイント体験者だった。
その体験はクローズド(公道を除く競技道)の外で、かつて父の峠走行に同乗した際起きた。
その一回のみの体験が少年を走り屋に変えてしまった。

 ここで言う峠とは、かつてモータースポーツ全盛の時代に市販車で、
走り屋によってサーキットさながらにタイムアタックが繰り広げられた休遊道を指す。
日本全国の山間部を中心に数々の峠が存在し、峠の走り屋にはトリッキーなカーブが多い程好まれる。
その複雑に折れ曲がる一般には”悪路”でしか無い道を、自慢の愛車とドライブテクニックで制覇する事は、愛車との一体感をえられるという、行動派自動車マニアには至福の瞬間であった。


2、予感

 界矢の通う高校は、地元主産業の一つであった精密製品製造を担う、優秀な技術者精神を育成するために、昭和40年に創立された。
地元の期待も篤い地域密着の気運高い、県立工業高校である。
 彼はここの三年生。
機械成型科をこの春卒業見込みで、卒業後は家業を継ぐ事になっていた。
車マニアなこと以外は、極々普通の青春真っ盛りの少年だ。
 卒業式を待つ今の時期は本来自由登校なのだが、彼を含め若干名は単位不足で特別補習が課せられていたので、不本意な登校が続いていたのである。
 昨日も本当は登校日なのに免許を手にしたら、峠をどうしても攻めたくて無断欠席。
なので今日は絶対に遅刻はできなかったが、結果遅刻となった。

 こそっと教室の中を伺い、先生が黒板に向かっているのを確かめ、忍び足で入る。
生徒達は直ぐに気づいてニヤニヤしながらも協力的に黙っていてくれる、それに感謝して手刀を切りながら後ろの席に座る。
「セーフ!」
心の中でホッとしたのも束の間、
「一人増えとるじゃなか!鳴瀬ぇ、昨日はサボりで今日は悠々遅刻かえ?」
 転任後も九州訛りが未だ消えない担任の鹿島先生が、必殺問答無用の弾丸チョークが飛んでくる。
彼の狙いは正確で高速のそれを避けられる者は居なかったが、界矢はそれを反射的に避けて見せた。

3、試練(前編)

 落ち込みはしたものの、界矢は新たな目標ができた。
しかも先の影像で乾燥路面での記録と判り、残雪が道のかしこにあった界矢の時とは、コンディション・ハンディがあったために正確な勝敗は別の機会に残される事になる。
 その後彼は咲から他にも走行記録を動画公開する者が結構居ることを知った。
一方、映像を見ただけでドライバーの腕を的確に評価する界矢に彼女は感心した。
 そんな時間を楽しく過ごし、やがて昼近くになった時電話が鳴った。
咲が元気良く出る、
「はいっ、ガレージ・キットでーす!」
初めのうちはハキハキと返事をしていたが、段々声のトーンが曇っていくのが、聞くともなしに聞いていた界矢にも解った。
「?」
 しまいには明らかに不安そうな声になっている。
思わず彼女の顔を見た、目にはうっすら涙を貯めているのがみえてドキッとした、
さらに蒼白な顔をしていたのでさすが能天気な彼も何かあったと悟った。
 やがてゆっくり受話器を置いて、彼女は項垂れる。
「何があった?」
沈み込む彼女に声をかける。
すると突然泣きじゃくって界矢に抱きついてきた。戸惑う界矢に、
「父さんが事故だって!」

4、試練 (後編)

 回転数ゲージが8000超えた瞬間クラッチを絶妙に繋ぐ、路面を軽く滑って後輪は車を一気に前へ押し出した。
 いくら情報が少ないとは言え、口伝えでコースの概要は聞いていた。

 暫くは見通しの良い状態が続いてから急カーブが二つ、その後変則的な緩めのカーブをクリアすると開けたカーブ道に出る。
 その先更に折り返すようなU字コーナーを曲がると直ぐ3つカーブがあって、抜けると林が開けて来た後、車が結構停められそうな路肩のある広い所がある。
 もうそこから先は片道幅になり、その先五つカーブを抜けると小屋が立っているという、小屋より先は間違いなく往路1キロを超えているので、説明は無かった。

 界矢は予め距離計をリセットしておいてその数字を目安にしようと考えて、折り返しが近づくまで運転に集中した。
 聞いていた通りコースの伊戸代の説明は正確だったものの、それでも自分がイメージしていたものよりも相当トリッキーなコースだった、少なくとも加速をしにくいコースなのである。
 スロットル開けて加速しようとしても3速になっていて伸びず、落とそうとすると直ぐコーナーが迫り、1速まで落とさないとトルクが維持できない、それを繰り返すといった印象だ。距離計見てそろそろだと前を見ると折り返しが目前だった。
間伐入れずにターンポイントが迫る、予測すると広い所の奥かその先の五つカーブの第一コーナーの辺りと判って焦る。
 広い所奥なら規定より距離はショートしそうだがターンはし易い、コーナーに進入してからだと距離は正確になるが道幅狭くターンは難儀になる。
界矢は瞬時に後者を選んで広い所での加速を利用して一速まで一気にシフトダウン、抜けた直後反動を利用してスピンターンして第一コーナー手前で折り返し、一速で全開でトルク維持して広い所に戻る。直線で速度を稼いでカーブに入る前に、目線を距離計に落とすと想定通り゛1.09゛を指している、界矢はガッツポーズをし往路を疾走する。
 車は元来た道へ消えて行った。

5、迷走

 界矢が自宅に着いたのは午後2時過ぎだった、工場は休みで誰も居ない、自宅内にも人気が無かった。母も姉も買い物にでも行ったのだろう。
 とりあえず事務室兼用で使っている居間に設置されたPCを起動してスーパーNの動きをネットで探してみた。
 操作は咲に教えてもらったので、それだけはできる、間も無く幾つか見つかった中で地元での情報を探すと、
「あった!やっぱり昨日こっちに来ていたんだ」
彼のサイトで動画を見る、
「スッゲー」
 地元、Kダム脇にある片道五キロ程の峠道を鮮やかな操作でクリアしていく車内映像に釘付けになる。
 カーブが多くて平均で10分前後かかるコースを9分07秒で完走していた、これは親友のトオルが言っていたこのコースのレコードタイムと比較して8秒以上早い事になる。
 今回車はSUBARU BRZを使用したらしい、高性能の最新車とは言え地元の走り屋のショックは大きいだろう、勿論界矢も例外では無かった。
 界矢は明日は登校日で遅刻しないかと迷ったが、闘志の方が勝って今晩の決行を決めた。
 しかしその夕方、彼にとって想定外の事が起こった。
 母と姉と三人で何時もの様に夕食を食べていると姉がTVを見て、
「嫌だ、今日これから雨だそうよ」
「えっ?マジ」
 界矢はお天気ニュースを食い入るように見た、それによるとこの地方の山間部を中心に、激しい雨が降るというのだ、よりによって今晩とは、残念ながら諦めるしかなかった。

6、卒業

 翌日眠れぬ朝を迎えて、母親に促され一緒に家を出た、正直気恥ずかしいので別々に登校したかったが、母が一緒に行きたいという。
界矢は、今さらという気もあったが色々有ったことを考えるとこれも良いかなと、不思議と納得できた。
「18年、もうそんなに経ったんだね」
母が前を見たまま呟いた、
「その間に色々有ったけど無事にこの日を迎える事ができて、母さん本当に嬉しいよ」
 何時になく染々した事を言う母をそこで初めて見た、何時からか界矢の方が背が高くなって見下ろす位母は小さかった。
余りまじまじと母について思った事は無かったが、こうして改めて見ると父亡き後一人で育ててくれたという思いが溢れてくる。
「ありがとうな、母さん」
 母はそれには応えずに少しだけ表情を緩めた様な気がしたが、直ぐに真剣な目になり、意外なことを言った。
「峠へ行きたいの?」
界矢はその一言で胸が締め付けられる想いだった、無意識に母から目を剃らし前を向く、一呼吸してみるが心がまとまらない。
 母は気持ちを察する様に、
「後悔したくないなら、行きな」
「えっ!」
 意外な言葉に再び母を見る、さっきと表情を変えていない、その時気付いたのだ、母は自分と必死に闘っている、と。
 我が子を危険に曝そうとする自分と、必死に守ろうとする自分との間でその一瞬において闘っているのだ。
それが解って界矢は心が弱った。で、つい……

7、勝算。

 遂にスーパーNからの二度目、最後のアタックが始まった。ここは道幅に比較的余裕があってゴール手前の魔のカーブまで広さが続く、相手は左からまくして来た。車輌の鼻先を突っ込まれそうになるのを、辛うじて絶妙なライン変更で侵入を許さない界矢。
 執拗な攻めにさっきとは別の意味での忍耐を強いられたが、遂に何とか最終コーナーを先行侵入し、そのまま一本目ゴール!界矢は逃げ切った。

 界矢がゴール後先に停止、相手はそのまますり抜け直ぐ先でクルッとターン、向き合う形になりお互いのライトで車体を照らした、相手のアクセルをリズミカルに踏むエンジン音が悔しそうに唸っていた。
 先行の界矢はハイビームにしていたため、相手の社内が見えたような気がしたが直ぐにパッシングしてきたので、気付いてロービームに切り替える。
 その後ゆっくり界矢の運転席側をスレ違っていく相手のハチロク、
「今度は絶対負けない!」
そう言われた様な気がして横を向く、運転席がスレ違う時に相手のウインドウが空いていた。
 慌てて界矢もウインドウを下げて声を掛けようとしたが、間に合わず、拒絶するように通りすぎてスタートポイントで止まり、ハイビームに切り替える。
 界矢はそれを二本目の合図と解釈し慌ててターンして、ピタリと真後ろに鼻先をくっ付ける挑発の意味もあるが、自分のテンションを上げる意味もあった。

 さあ!泣いても笑っても、最後の二本目だ、これが終われば全てが終わる、界矢はスッパリ公道バトルからは手を引くつもりだった、つまりこれが本当の卒業式なのである。
その後は、稼業を継ぎながらクローズドでのモータースポーツに力を注ぐと決めていた。
「絶対に勝つ!」

ZERO@POINT(ゼロ・ポイント)-小説になろう投稿作品情報

あらすじ編集

ゼロ・ポイント。
 それは攻めの究極の一点、
車を操る事に魅了された者はその一点を目指し、究極のポイントを極めんがために自ら鍛え上げた渾身のマシンでコーナーを飽くことなく攻める。
 ゼロ・ポイントとは?コーナーに密かに存在する無重力地帯。
数知れないドライバーの中で、地上で起こるその不思議な現象を体感した時レコードラップの道が開く幻の CP(クリッピングポイント)。
 この話は、そんな理想のゼロ・ポイントに魅了された青年と、彼を取り囲む者達の物語。

漫画家のしげの秀一さん作:頭文字D(イニシャル)のオマージュとして作成しました。
公道バトルネタとしては共通ですが、内容は完全オリジナルです。
(※掲載時は初出、その後著者Blogへの掲載予定あり)
―完結―
部数タイトル掲載日小説
第1部分1、始動2015/02/03 18:39編集
第2部分2,予感2015/02/06 00:31編集
第3部分3、試練 (前編)2015/02/08 10:31編集
第4部分4、試練 (後編)2015/02/16 20:00編集
第5部分5、迷走2015/02/20 22:35編集
第6部分6、卒業2015/02/27 21:00編集
第7部分7、勝算!2015/03/12 17:57編集
>>次話投稿
Nコード
N9564CM
種別
連載〔全7部〕
年齢制限
なし
初回投稿日
2015年 02月03日 18時39分
最終話掲載日
2015年 03月12日 17時57分
文字数
24,074文字
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戦記
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作者名
黒助(くろすけ)